イタリア旅行
明日からイタリアに行ってきますので,しばらく更新などストップします。
クトゥルフ RPG のヴァリエーション。ダークエイジは中世ヨーロッパのことで,時代は紀元 950 ごろを扱っています。ちょっと珍しい年代ですが,千年紀の終わりに設定したかったという事でしょうか。
ベースシステムは D100(ベーシックロールプレイング)の方ですが,邦訳は新紀元社から出ています(新紀元社が前に出したのは D20 版クトゥルフの邦訳)。
フォーゴトンレルムのモンスター集。4,000円というのはちょっと高い気がします。ふつうに遊ぶ分には基本のモンスターマニュアル1冊で困ることはほとんどないでしょうから。
この中からモンスターを出せばフェイルーンらしさがもれなく出せる,というのであればいいのですが,そうとも言いがたい。
むかし5レベルくらいのパーティに,この中から脅威度5の Banelar というモンスタを選んでぶつけたところ,えらく不評でした(^ ^;。
『深淵』のデザイナ朱鷺田さんのblog で『深淵』の展開についてちょこっと書かれています。
もともと初版の段階で,ルール的に必要な要件はすべて盛り込まれているような RPG でしたので,個人的には初版より整理されすっきりした形で2版が作られるといいなあと思っているのですが,さあどんな形になるのでしょうか。
blog に掲載された魔族のデータを見る限りでは,大きな変更はなさそうな気配。
「攻撃」が1?4に分かれていて,単純な攻撃ばかりでないのはちょっと興味深いところです。
前回のつづきです。
取り上げていた記事は,こちら。
「キャラクタープレイング論」その1 (by 仮想光線)
Deck of Many Things の 2005.04.16 の記事「[Link] So-called “Character Playing” 」で取り上げられましたが,同日の記事「[Link] Delights of GMing 」では,
なるほど、power-gamingの楽しさというのは、ゲーム性云々ではなくDMの味わう驚きという側面から改めて再評価すべきなのかなぁ、とか思ったり。)
と書かれていて,これが前回の最後で書いた
僕がいま考えている仮説が「RPG のプレイヤには自分のキャラクタを表現したい,もしくはキャラクタを通して何かを表現したい,という欲求がある」というものです。
と微妙に絡んできたりします。
最近は D&D3/3.5 のプレイヤがメインで,上の power-gaming を主に楽しんでいるわけですが,この場合「自分のキャラクタを表現したい,もしくはキャラクタを通して何かを表現したい」の「何か」というのは,「自分のキャラクタが上手く機能すること」つまり「冒険をこなす上でパーティの役に立てること」であり,要するに D&D3e では「戦闘で役に立つこと」です(単純化して言えば,ですが)。
これは「キャラクタを適切にデザイン(取得する特技や技能,上級クラスを取捨選択)すること」と「セッション中に,デザインしたとおりに適切に運用して力を発揮すること」の二つのパートに分かれます。
で,D&D3e だと膨大なルールがありますので,自分のクラス以外はほとんど未知の領域(読んでられません)であり,他のプレイヤがどんなキャラクタを作ってくるのかとても楽しみです。上手いプレイヤはこちらの予想を2段階くらい上回るキャラクタを作ってきてびっくりしますし宮本さんが指摘している通りとても面白い。
状況はマスタにとっても一緒ですべての特技や上級クラスを把握するなんてできないので「なんじゃそりゃー」ってキャラクタが多いようです。まあプレイヤみたいにのんきに喜んでばかりもいられず,シナリオの調整には四苦八苦しているようですが。
一方で,キャラクタプレイが好きな人と言うのは,例えば仮想光線さんの文章で取り上げられている例を見るに,
を参加者に鑑賞して欲しいと感じているようです。
また,ルーンクエストや深淵のようにキャラクタの背景や心情を深く設定するような RPG では,
といった点が「RPG のプレイヤには自分のキャラクタを表現したい,もしくはキャラクタを通して何かを表現したい,という欲求がある」の「何か」に当たります。
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このように,強い RPG を好む人たちにしてもキャラクタプレイ愛好家にしても「RPG のプレイヤには自分のキャラクタを表現したい,もしくはキャラクタを通して何かを表現したい,という欲求がある」という点では共通しているのではないか,というのが前回の日誌で出した仮説です。
でもってこの着想は,実は白河堂さんの「『Scoops RPG主催 RPG全国共通一次試験』」に対する回答(特に設問3の回答)を作っていく中で浮かんだ考えがベースになっていたりします。
同じ行動であっても他のプレイヤにそれを伝える上でどうプレゼンテーションするか。そこから他のプレイヤはそのプレイヤ/キャラクタのパーソナリティを読み取る機会を得る。これが RPG のコミュニケーション的特性である。
って辺りですね。
4月の ScoopsRPG が更新されました。
その中で興味深く読んだのが,「読者の声」の「キャラクタープレイング論」その1 (by 仮想光線)です。
やはりキャラプレ指向な人との隔たりは大きいようで,内容そのものは全然賛同できないのですが,RPG というものを考えるにあたって良いきっかけとなりました。
最初に,キャラクタプレイや「なりきり」が RPG において推奨されることであるという証拠として次のような論を展開しています。
「あなたはガンダルフになってみたいと思いませんか?」
昔から、MERP、ストームブリンガーやクトルゥフのように原作の小説に立脚したTRPGもたくさんあります。
これらでは、PCは物語のキャラクターであることを強く意識させられます。確かに、TRPGの出身母体はウォーゲームであります。
しかし、ウォーゲームであっても
「山本五十六になって鬼畜米英を打ちのめしてみたい」
が、ウォーゲームを遊ぶ主たる理由であるのではないのでしょうか?
この物語、歴史上の人物の「なりきり」をより深く楽しみたいというのがTRPGの出所であると、私は認識しています。
ところが,これは仮想光線さんの主張(「有名なキャラクタになってみたい」)を敷衍する例としては不適切です。原作のキャラクタを遊ぶ RPG で成功したと言えるものはありません。日本ではそもそもそういった RPG そのものが少なく,MAGIUS くらいではないでしょうか。
原作のキャラクタを遊ぶというのは,TRPG の遊び方としてメジャとは到底言いがたいでしょう。
原作付きの RPG と言った場合,システムが再現しようとするのはキャラクタではなく世界であり,また世界観です。「ガンダルフになってみたい」ではなく「ガンダルフのいたあの世界でガンダルフのような活躍をして遊んでみたい」なのです。RPG が誕生した頃も今も変わりません。
やはり「なりきり」は RPG の指向とは,ずれた指向と言えます。
ここで考えたいのは「何故 RPG では原作キャラクタで遊ぶシステムが勢力を持たないのか」という点です。
僕がいま考えている仮説が「RPG のプレイヤには自分のキャラクタを表現したい,もしくはキャラクタを通して何かを表現したい,という欲求がある」というものです。
原作キャラクタでは,原作のキャラクタ以上のものは表現できません。仮に表現したとすれば,それは「原作のキャラクタらしくない」失敗と見做されてしまうからです。
D&D3.5e のクレリックで遊ぶことに。そこでお世話になったサイトのご紹介。
PCGen
フリーのPC管理ソフト。PC/Mac両方で動きます。
ver.5.8くらいだとだいぶんよくなっています。
昔は自分が止まった時の中を動いているんじゃないかと錯覚するような速さでした。
また,独自の特技やドメイン,神格,呪文などを追加・管理するのが楽になりました。
CDS:PE
このサイトはとにかく実践的です。すぐに役に立つ資料がいろいろダウンロードできます。
J-Staff
今回舞台とするフォーゴトンレルムのコアミアの概略が上手くまとめてあります。見やすいです。ちなみにコアミアはAD&Dに分類されています。
他にもいいサイトがありましたら教えてください。

Paranoia xp のサプリメント。
タイトルの通りミュータントパワーの追加ルール集で,基本ルールに掲載されているものも含めて60以上のミュータントパワーが載っています。正直言ってそんなにいらんだろうという気はしますが。
基本ルールのミュータントパワー解説では簡単な説明が付されていただけですが,本書では加えて「ヴァリエーションと制約されたパワー」「”不幸な出来事”が起きると…」「やりすぎだ!」の3つの項目が解説されています(意訳しています)。
Paranoia とばっちり波長が合ってしまう人はいいですが,そうでない場合は後2者は直接の参考にもなりますし,「Paranoia はこんな感じでやればいいのか」という Paranoia そのものを理解する役にも立つかと思います。
ページ数的には少なくなりますが,「アルファコンプレックスにおけるミュータント」とかミュータント要素を上手くシナリオに組み込むヒントも載っていますので,こちらも役に立つ…というか笑えます。
ローマ法王逝去に伴い,Discovery Channel で特別番組を緊急放送するとのことです。
放送日:4月10日(日) 22:00?23:00
再放送:翌日4:00、14日(木) 24:00
楽しみ。
GWにちょうどイタリアに遊びに行く予定なのでこれで予習しよう(っていうかその頃ヴァチカンって入れるんだろうか)。
Dundjinni の新しい追加アートパック \"Street Art Pack\” のサンプル画像が掲載されています。 → Dundjinniの紹介
現代、近未来の都市用の追加アートパックのようで、ダンジョンと同じく見栄えのする地図が作れそうです。
サンプル1
サンプル2
サンプルを見ていると、Street Art Packの場合は、地図を作るというよりもシナリオのシーンを描いてプレイヤに見せる、という使い方を想定しているように見えます。

モバイル用のPHS通信カード。
150時間(接続開始毎に3分消費、その後は1分単位)最大利用期間600日(amazon.co.jpだと約\\30,000)というちょっと変わった料金体系で,日常的ではなくたまにモバイルで通信したいという人にぴったり。僕なんかドンぴしゃりだし「コンベンションでマスタをやるときだけ使いたいなあ」という人にもぴったりでしょう。
600日約20ヶ月,1月当たり1,500円なので,これくらいなら出してもいいかなあという値段です。
1年半くらい前にヘルニアで入院か?ってときに病院からアクセスできる何かいいサービスがないか探して結局見つからなかったわけですが,いいサービスが出てきたものです。
1999年出版の本ですが,なぜか平積みになっていて目に付いて買いました。
タイトルになっている「月がなかったら」のほか,以下の10の仮定で地球環境がどう変わるかを描いて見せてくれます。
1章 もしも月がなかったら?―惑星ソロン
2章 もしも月が地球にもっと近かったら?―惑星ルンホルム
3章 もしも地球の質量がもっと小さかったら?―惑星ペティエル
4章 もしも地軸が天王星のように傾いていたら?―惑星ウラニア
5章 もしも太陽の質量がもっと大きかったら?―惑星グランスター
6章 もしも地球の近くで恒星が爆発したら?―恒星アンタール
7章 もしも恒星が太陽系のそばを通過したら?―恒星ケルベロン
8章 もしもブラックホールが地球を通り抜けたら?―ブラックホールディアブロ
9章 もしも可視光線以外の電滋波が見えたら?―地球
10章 もしもオゾン層が破壊されたら?―「もしも…」の世界から、現実の地球へ
分厚い本ですが,上記の通り10章に分かれていますので,気軽に読み進めることができます。その分それぞれのケースの説明は少なくなるわけですが,素人としてはあまり突っ込んで専門的な話をされても困っちゃうので,この分量は適量と言えます。
Discovery Channel でも「もし月がなかったら」という似たようなタイトルの番組をやっていましたが,こちらはどっちかというと「月がどんな影響を与えているか」に重点を置いていました(本書の方はさらに踏み込んで,「月がなかったら」どんな環境になっていたかと言うシミュレーションを行っている)。
中日(いちおうファン)は開幕戦から派手な勝ち方でした。今年も優勝でしょう……だといいね。
Death Note の6巻と Role & Roll の11号を購入。
R&Rは気まぐれに買っていて,今回は「GM 座談会」というのが面白そうだったので購入。ちょっと進行が散漫で残念。もっとテーマを明確にしてやればいろいろ面白そうな話が引き出せそうなメンバに見えます。
先週は花粉症がひどかった。目がしょぼしょぼして開けているのがつらいです。特にディスプレイを見ているのがつらい(T_T)。
今頃ですが,D&D3.5e の Complete Divine を購入。
ほんとうは日本語版が出るのを待とうと思っていたのですが,今度クレリック系をやることになったので。
クラシックの頃から数えても,クレリックをやったのは確か1回だけ。秘術系の呪文に比べると決まった使い方の呪文が多いので,使うタイミングがポイントになるのかな。
ドメインがたくさんあって全部検討しきれません(^ ^;。
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